ノートはきれいに取りなさい。
学校でよく言われることです。
もちろん、読みづらいノートより、整ったノートの方がよい場面はあります。
ですが、私は きれいに取ること自体を目的にしてしまうのは危険 だと思っています。
ノートは、あとから自分が見返して使えるように取るべきです。
見た目のためでも、先生に褒められるためでもなく、自分にとって授業を最大効率化するためのノートを作ることが大切です。
ノートを取る目的は、授業を最大効率化することです
まず大事なのは、ノートを取る目的をはっきりさせることです。
学校の先生が黒板に書いたことを、ただそのまま写すだけでは、ノートの価値はあまり高くなりません。
もちろん、必要な内容は書くべきです。ですが、それだけでは足りません。
本来ノートには、
- 自分が疑問に思ったこと
- あとで見返したいこと
- 自分にとって重要だと感じたこと
が残っているべきです。
逆に、自分にとって不必要だと思う内容は、ある程度省略しても構わないと私は思っています。
ただし、ノート提出がある場合はそのバランスが難しいので、そこは状況に応じて考える必要があります。
要するに、
自分にとってその授業を最大効率化するためのノートをつくる
という意識が大切です。
きれいにまとめること自体が目的ではありません
ノートをきれいにまとめるのは悪いことではありません。
ですが、その目的をはき違えてはいけません。
ノートは、きれいに作ることが目的ではなく、 あとから見返したときに自分にとって見やすく、復習しやすいこと が大切です。
つまり「誰のためのノートか」を考えるべきです。
先生のためでも、見栄えのためでもなく、自分のためです。
成績が伸びる子のノートには、疑問や興味が書き込まれています
成績が伸びる子のノートを見ると、板書を写した内容だけではないことが多いです。
たとえば、
- 授業中に疑問に思ったこと
- 先生の話の中で気になったこと
- 自分があとで確かめたいこと
こうしたものが自然に書き込まれています。
そういうノートを見ると、「この子は主体的に授業を受けているな」と感じます。
ノートは、受け身で写した記録ではなく、その子の頭の動きが見えるものになっている方が強いです。
授業の活かし方はこちら
→ 授業の受け方で成績はどれくらい変わるのか|学校の授業を甘く見てはいけない理由
ノートを一生懸命取っていても成績につながらない子は、目的がずれています
ノートを一生懸命取っているのに、成績にあまりつながらない子もいます。
その場合、多くはノートを取ること自体が目的になっています。
そこがずれているのです。
自分が見返す前提でノートを作らなければ、あまり意味はありません。
私自身、予習や復習をある程度やっていたので、授業中ほとんどノートを取らないこともありました。
先生が説明している間は、それに関連する教科書の問題やワークの問題を解くことに時間を使っていました。
たまに、自分の知らないことを話していたら、そのときだけノートを取るくらいでした。
極端に言えば、授業で扱っている内容が全部自分の知っていることなら、ノートを細かく取る意味は薄いわけです。
もちろん、いつの授業で何を扱ったかが分かる程度には残しておいた方がよいですが、それ以上は目的次第です。
ノートに必死になって先生の話を聞いていないのは、かなりもったいないです
これもよくあることですが、ノートを取ることに懸命になりすぎて、先生の話をほとんど聞いていない子がいます。
これは本当にもったいないです。
ノートを書くことに集中しすぎると、授業の大事な流れや説明を取りこぼしてしまいます。
だから私は、授業では復習よりも、場合によっては予習を重視しています。
あらかじめやる内容を予習しておけば、授業中にノートを取ることに意識が向いても、内容を取りこぼす可能性は下がります。
場合によっては、ノートを細かく取る必要すらなくなることもあります。
学校ワークとのつながりはこちら
→ 学校ワークはいつまでに終わらせるべきか|提出日ギリギリでは遅い理由
まとめ
ノートの取り方で成績は変わります。
ただし、その差は「きれいさ」ではありません。
- ノートは自分が見返して使えるように取る
- 板書だけでなく、疑問や興味も残す
- きれいに取ること自体を目的にしない
- ノートを書くことに必死で、先生の話を聞き逃さない
- 授業を最大効率化するためにノートを使う
美術やデザインの授業ではないのですから、カラフルなペンで広告のようなノートを作ることに力を使いすぎる必要はありません。
ノートは、自分のために取るものです。
「あとで自分が見返す」という前提を忘れずに、使えるノートを作っていきましょう。