ポケモンの「いちゃもん」は、英語では Torment。
いちゃもん → Torment
ところが、一般的な日本語と英語を比べると、 この二つはそのまま辞書で置き換えられる言葉ではない。
日本語の「いちゃもん」は、 言いがかり・難癖・文句のような意味。
一方、英語の torment は、 人を苦しめる・悩ませることや、 強い苦痛・苦悩を表す。
かなり意味がずれている。 ここが今回のおもしろいところである。
日本語の「いちゃもん」は「言いがかり・難癖」
「いちゃもん」は、 相手に対して筋の通らない文句をつけたり、 難癖をつけたりするときに使うくだけた言葉である。
いちゃもんをつける
→ 言いがかりをつける・難癖をつける
つまり日本語では、 相手に面倒な文句をぶつけて困らせる ような場面が浮かびやすい。
torment は「苦しめる・悩ませる」
英語の torment は、 動詞なら 人や動物をひどく苦しめる・悩ませる という意味になる。
The thought tormented him.
→ その考えが彼を苦しめた。
Flies tormented the animals.
→ ハエが動物たちを苦しめた。
単なる annoy「いらいらさせる」よりも、 苦痛や苦悩がかなり強い語である。
精神的な苦しみにも、 身体的な苦しみにも使える。
名詞の torment は「苦痛・苦悩」
torment は名詞でも使える。
He was in torment.
→ 彼は苦しみの中にいた。
years of torment
→ 何年にもわたる苦しみ
この場合は、 「苦痛」「苦悩」、 または人を苦しめる原因を表す。
torment(動詞)= 苦しめる・悩ませる
torment(名詞)= 苦痛・苦悩
日本語の「いちゃもん」と英語の Torment は直訳ではない
ここを一番大事にしたい。
日本語の「いちゃもん」を普通の英語にするなら、 いつでも torment になるわけではない。
たとえば、 「彼はいちゃもんをつけてきた」のような文なら、 文脈によって complain、 pick a fight、 make an unreasonable complaint など、別の表現を選ぶことになる。
逆に torment を日本語にするときも、 普通は「いちゃもん」とは訳さず、 「苦しめる」「悩ませる」「苦痛」などになる。
つまり、
いちゃもん ≠ torment
である。
それでもポケモンでは、 どちらも 相手を困らせ、自由に行動しにくくする イメージでつながっている。
カードでは、相手のワザを1つ封じる
カードでは、「いちゃもん / Torment」が、 相手のバトルポケモンが持つワザを1つ選び、 次の相手の番、そのワザを使えなくする ものがある。
たとえばヤミラミの日本語版「いちゃもん」と 英語版 Torment は、 どちらも相手のワザを1つ選んで、 次の番に使えなくする効果を持つ。
相手を直接倒すというより、 「それは使わせない」 と行動を縛って困らせるワザである。
日本語なら「いちゃもんをつけて邪魔する」、 英語なら Torment で「相手を苦しめる」。
意味は同じではないが、 ワザの嫌らしさを別々の言葉で表しているように見ると、 かなり納得しやすい。
torment と torture は同じではない
torture も「苦しめる」に関係する強い語である。
ただし torture は、 意図的に激しい身体的・精神的苦痛を与える 「拷問する」という意味が中心。
torture は、誰かが意図的に激しい苦痛を与える 「行為」の意味が強い。 一方の torment は、心配、悩み、虫、記憶などが 人を長く苦しめる場合にも使える。
torment → 苦しめる・悩ませる
torture → 拷問する、激しい苦痛を与える
意味は重なるが、 完全な同義語ではない。
torment の語源には「ねじる」がある
torment は、 古フランス語を経て ラテン語の tormentum にさかのぼる。
tormentum は、 もともとねじった縄や、 物を投げる道具、 さらに拷問器具などを表した語。
そのさらに奥には、 「ねじる」を表すラテン語 torquere がある。
体や心をねじるような苦しみから、 現在の 「苦痛」「苦しめる」 という意味につながったと考えると印象に残りやすい。
名詞と動詞でアクセントが変わることがある
torment は、 名詞と動詞でアクセントの位置が変わることがある語である。
Cambridgeの発音欄では、名詞は第1音節、 動詞は第2音節に強勢を置く発音が示されている。
名詞 torment → TOR-ment「苦痛・苦悩」
動詞 torment → tor-MENT「苦しめる」
ただし、アメリカ英語では動詞を第1音節に置く発音も示されることがあり、 地域や辞書による違いがある。 「名詞は必ず前、動詞は必ず後ろ」と絶対的なルールにはしないほうがよい。
意味だけでなく、 品詞と音の違いにも気づけると、 単語の解像度が一段上がる。
まとめ
ポケモンの「いちゃもん」は英語で Torment。
ただし、一般語としては、
いちゃもん
→ 言いがかり・難癖・文句
torment
→ 苦しめる・悩ませる
→ 苦痛・苦悩
であり、直訳関係ではない。
カードでは、 相手のワザを1つ使えなくして 行動を邪魔する。
日本語は「難癖をつける」方向から、英語は「苦しめる」方向から、 同じ嫌らしいワザを表している。
こういう「日英で意味は違うのに、ゲームの中ではどちらも成立する」 タイプのローカライズは、 ポケモン英語のおもしろさがよく出る例である。